インテリジェンスに基づいて、正しい意思決定をするためには、“判断を狂わせる人間の癖”について理解を深めた上で、それに惑わされないための工夫が大切です。一般に、人はどのような時に判断を誤りやすいのかを十分理解しておくことは誤判断の防止に大いに役立つと考えられます。
後編の今回は、残りの5つについてのご紹介です。
⑥ 後知恵の誤診
何かが起こった後に、そうなると思っていたなどと、あたかも自分は予測できたかのように考えてしまうことで生じる誤診です。
その結果、「実際に生じた事象以外に発生した可能性がある事象」に関する考察や反省が疎かになり、思考の改善がなされなくなってしまいます。
<例1>
少年野球チームの監督であるAさんは、厳しい指導で知られている。その様子を知る人たちは、パワハラだと批判の声を次第に大きくしている。そんな中、そのチームは、何とリーグ準優勝を果たした。その途端、パワハラ批判は影を潜め、「やっぱり、準優勝の為にはあれは絶対必要な指導だよね。」という声が、大きくなってしまった。
<例2>
Bさんは、外見では街中のどこでも見かけるようなごく普通の青年だったが、繁華街で恐喝事件を犯して逮捕され、実名で顔写真が公開された。世間では、「なんか人相が悪く、いかにも事件起こしそうだよね。」との声が起こった。
上記の例では、パワハラという禁止行為が準優勝という結果のために美化されて、優れた指導の一環のように誤診されています。その結果、自主性を尊重した指導をしていれば優勝するほどの実力がついた可能性の検討が無視されてしまっています。また、Bさんのケースでは、普通の人相であるにも拘らず、恐喝事件で逮捕されたという後知恵により、“人相が悪い”と思われてしまっています。後知恵の誤診は、よく無意識で起こりがちですが、その傾向を意識することで、誤診を減らすことが出来ます。
⑦ ミラーイメージングの誤診
相手も自分と同じように考えると思ってしまうことで生じる誤診です。
<例1>
自分はお酒とコーヒが大好物なので、大変お世話になった米国人のCさんに精いっぱいの感謝の気持ちを込めてそれらを郵送した。ところが後日、共通の友人から、Cさんがモルモン教徒(お酒やコーヒーが禁じられている)であることを知って愕然とした。
<例2>
高齢になったが元気な両親に、子供たち3人が両親に少しばかり親孝行/恩返しをして喜んでもらおうと、両親に内緒で欧州旅行を企画し手配した。準備完了後、両親に欧州旅行計画を伝えたところ、それより60年振りに生まれ故郷の五島列島に行ってのんびりした時間を過ごしたいと言われてしまった。
人は、国、文化、宗教・信仰、教育、経験、風習、環境、立場、目標、思想、性別、年齢、…など様々な要因により考えが異なることが多くあります。相手の行動を予測する場合や相手の想いを推定する場合等には、このことを常に念頭に置いておかなければなりません。
⑧ クライアンティズムの誤診
専門家であるほど、自己の専門分野の理論やモデル等に当てはめてようとしてしまい、他の可能性や客観性が損なわれてしまうために生じる誤診。
<例>
虫歯を長期間放置してしまったDさんは、その痛みから近所に新しくできた歯科医院(インプラント治療で多くの実績有り)を尋ねたところ、抜歯してインプラント治療(人工的な歯の根っこである人工歯根を埋めて、その上に人工の歯冠を作る治療方法)をすることを勧められたが、高価だったので、行きつけの歯科医院で相談したところ、従来から広く実施されている一般的な虫歯治療で十分快適に噛めるようになると診断された。
専門の知識や経験は、分析や判断を助けることもあるが、重要な情報や正しい方針を見にくくしてしまうことがあるので注意が必要です。
⑨ グループシンクの誤診
分析をグループで実施する場合、お互いに他者の分析結果を十分吟味しないで賛同してしまうことにより生じる誤診。
一人で分析するよりも、複数のメンバーで集団分析した方が、見落としが少なくなり、良い分析ができると考えがちですが、必ずしもそうとは限りません。他の人達も分析しているという安心感や油断から、各メンバーの分析の質が低下してしまったり、他人の分析結果に頼ったり迎合することがあり、集団で取り組んだために誤診してしまう場合があります。
また、組織内で回す稟議書で、多くの人達の承認を要する場合、各承認者が独立に十分稟議内容を検討することが期待されますが、実際には最初に押印した3~4名の名前を見て、稟議内容を独自に十分吟味せずに承認押印するケースがあるかもしれませんね。この誤診を避けるために、予め批判する/反対する人を決めておくという措置をとることもあります。
⑩ 対象変化による誤診
分析を行っている対象が、時間経過とともに変化しているにも拘わらず、その変化を考慮しないで分析/評価してしまうことによって生じる誤診。
最近の大学では、講義に対して学生にアンケート調査を実施するケースが増えています。1年間実施される4単位の選択科目の最終回で、アンケート調査を実施した場合、果たして正しい分析/評価ができるでしょうか?選択科目なので、その講義が気に入らない学生さんは、途中で受講を断念して最終講義には出席していないかもしれません。
また、最終講義で試験の出題傾向に関する情報を期待している学生さんは、最終回だけ出席しているかも知れません。このような状況を配慮したうえで、調査(情報収集)/分析/評価を行う必要があります。
最後に
では、できるだけ誤診を避けるためには、どうすれば良いのでしょうか?
ここでは、そのシンプルな方法を2つご紹介します。
(1) どのような場合にどのような誤診をしてしまう可能性があるのかについて、理解し記憶にとどめて、分析や判断の際に常に留意する。
(2) 競合仮設分析(ACH:Analysis of Competing Hypotheses)
分析の初めの段階で、で来る限り考えられる仮説をすべて出し切ってしまう。そして、次々と入手する情報(インフォメーション)を、それぞれの仮説を結び付けて整合するか否かを吟味する。その時、整合しない情報を重視し、整合する情報はあまり重視しない。
意思決定する際に、以上のようなステップでインフォメーションからインテリジェンスを生産し、誤診/誤判断を未然に防ぐための施策を実施することで、より正しい判断が行えるようになることでしょう。