インテリジェンスに基づいて、正しい意思決定をするためには、“判断を狂わせる人間の癖”について理解を深めた上で、それに惑わされないための工夫が大切です。一般に、人はどのような時に判断を誤りやすいのかを十分理解しておくことは誤判断の防止に大いに役立つと考えられます。
今から400年くらい前、英国のフランス・ベーコン(Francis Bacon:1561~1626年。12歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。23歳で国会議員。1606年、45歳のときに14歳の少女と再婚。1618年に大法官。鶏に雪を詰め込んで冷凍の実験を行った際に悪寒にかかり、それがもとで死亡。「知識は力なり」の言葉は有名。「経験論の祖」と言われる。)は、著作『ノヴムオルガヌム』の中で、人間が陥りやすい4つの誤り<イドラ(偶像)=偏見や先入観>を指摘しました。高等学校の公民/倫理の時間に学んだ記憶がある人もおられるでしょう。
4つのイドラ
① 種族のイドラ
人間という種族が本来持っている感覚や精神の制約から生じる誤り。(天動説など)
② 洞窟のイドラ
狭視野。教育、体験、環境などから「井の中の蛙、大海を知らず」で生ずる誤り。
③ 市場のイドラ
他人の言葉や噂を確かめないで信じてしまう誤り。言葉の誤解も含まれる。
④ 劇場のイドラ
権威者(専門家等)が言うことを、無批判に信じてしまう誤り。
“判断を狂わせる人間の癖”について、最近の社会心理学では「認知バイアス」として、かなり広く深く研究されていて、170以上にも分類されているのですが、ここでは以下に、10種類の誤判断(誤診)を採り上げ、紹介しましょう。
① ベースレートの誤診
ベースレートとは、数学用語で「事前確率」のことです。数学が苦手な人も、難しくないのでリラックスしてフムフムという感じで読んでくださいね。
ベースレートの誤診とは、本来、判断の基礎とすべき条件を忘れたり無視したり軽視したりすることにより生じる誤診です。ここで、仮設問題を出しますので、少し考えてみましょう。
「内視鏡検査の結果、胃ガンの可能性があります。」と言われると、ショックですよね。
でもここで、少し冷静になって、この場合に現時点で胃ガンである確率を考えてみましょう。以下の図は、冷静に考えた結果を示しています。
結果は、何と約7.7%! まだ、落ち込む必要が無い数値であることが分かります。
(これは数学では、ベイズの定理/条件付確率などと呼ばれている問題なのですが、ここではそんな言葉は無視してOKです。)
この後の病理診断(確定診断)で良い結果が出ることを、大いに期待しましょう。
② ギャンブラーの誤診
コインを振って、「表」が出るか/「裏」が出るかを言いあって勝負することは、古くからおこなわれています。百円玉を振って、4回も連続に「表」が出ると5回目は「裏」が出るだろうと思いませんか?でも、よく考えると各動作は全く影響を与え合わない(「独立事象」と言います)ので、5回目に「裏」が出る確率も1/2(=50%)なのです。それにも拘らず、“次回は、絶対「裏」が出る”ように思ってしまうのが、「ギャンブラーの誤診」です。
③ 利用容易性の誤診
判断する際に、無意識のうちに、思い出しやすいものや利用しやすいものを重視してしまうという誤診です。
<例1>
私の父は、極端な肥満で肺中が160kgもあったが95歳まで生きた。また、隣に住む爺さんは、ヘビースモーカで60本/日くらいタバコを吸っていたが98歳の天寿を全うした。 ⇒だから、肥満やタバコの吸いすぎなど、全く気にする必要はない。
<例2>
先日、遊園地に行った際、X国からの観光客と思われる3人連れがアトラクションを待つ列に横から割り込んだ。 ⇒X国人は、本当にマナーが悪い。
これに似た判断をしたことは、ありませんか?直接、見聞きすると、誤った結果を導きやすいのです。ある人と接して、全体を語るときには、その人(人達)が全体を代表しているとは言えないにも拘わらずその人(人達)からの情報を重視してしまいがちです。上記の例では、極端な肥満やタバコの吸い過ぎが、体に悪いことは、すでに科学的に証明されていることを重視すべきなのです。
また、マナー違反の人を僅か3人見かけただけで、あたかも何億人の国民全員のマナーが悪いかのように判断してしまっています。限られた事例(サンプル)から全体について判断する際には、そのサンプルが全体を語るのに十分な数と内容であるかを、十分吟味する必要があります。
④ 因果関係重視の誤診
判断に際して、物事には必ず因果関係があると思い込んでしまうために乗じる誤診です。
<例1>
Aさんは、今月中旬の夕方、帰宅途中に背後から金属バットによる頭部への一撃で殺害された。Bさんは、Aさんと付き合いがあり、借金の返済をAさんから求められていた。先月、路上でAさんとBさんが路上で口論していたという目撃証言がある。Bさんは、草野球チームのメンバーで、そのバッティングには定評がある。Bさんには、前科があり、犯行推定時刻のアリバイは無い。 ⇒Bさんは犯人と推定され逮捕状が執行されて、取り調べを受けていた。
後日、真犯人が自首してきた。むしゃくしゃしていて、衝動的に犯行に及んだ無差別通り魔殺人だった。Bさんは、まもなく釈放された。通り魔殺人には、因果関係が殆ど無い。一方、BさんにはAさん殺害の因果関係を推定させる要件が幾つも揃っていた。
このような状況では、因果関係が成り立ちそうな推理に傾きがちなので十分な注意が必要です。
⑤ アンカリングの誤診
十分考えないで、とりあえず設定した結論が、アンカー(錨:いかり)のように重くのしかかり、その結論に反する情報が現れても、修正や変更が容易にできなくなるために生じる誤診が「アンカリングの誤診」です。とりあえずの仮説や結論は、崩れにくくなるのです。
一旦、犯人扱いされると、それ(冤罪)を覆すことが非常に困難になる場合、この誤診が関わっていることがあります。
次回のミーティングの日時設定で、メンバーの意見が纏まらなかった時、「とりあえず、現時点では仮設定の候補として10月15日の13時からにしておきましょう。大丈夫、仮設定なので状況に依って変更できますからね。」などと言って、“仮設定した開催日時”が、いつの間にか正式な日時になってしまう経験をした人もおられるでしょう。自分の都合を優先して何かを実現したい場合に、この手法を活用する手もありますね。
後編に続く